投稿日:2006-09-30 Sat
家に帰ると、とりあえず大きな深呼吸をして、目を閉じ、いろんなことを考えた。ウアンの様子、これからの事、日本の両親ことなど。。。でも、スパッと頭を切り替えて、今日これからのことを考えて少し眠ることにした。2時間くらいたっただろうか、目が覚めた。やっぱり眠れない。やることが沢山あリ過ぎて、何から手をつけていいか判らなかった。取り合えす、部屋を片付けることにした。時計を見ると、もうすぐ7時、するとウアンから電話が入る。急いで出ると、“早く来て欲しい!”とのこと。急いで支度をして家を出た。
病院に着くと、ウアンは疲れたようだった。断続的に脳天を突き上げるような痛みが走るのだ。とりあえず荷物を置き、お母さんと子供の病院の研修で学んだマッサージと繰り返す。ウアンが僕の手を物凄い力で握る。またあの痛みが来たようだ。僕は紙を持った右手でウアンを仰ぐ。彼女のこめかみから汗が流れた。必死にこらえている様子だった。男はホンと何も出来ません。こんなことの繰り返しが2時間ぐらい続いただろうか。9時30分、ウアンは限界に来たようで、分娩室に入った。ランナー病院は、妊婦以外が分娩室に入ることを禁止しているため、僕は外で待機。僕は、分娩室に一番近いだろうところを探し、何度も何度もせわしなくその周りの歩きながら待った。隣には、新生児室があり、ガラス越しに、生まれたばかりの赤ちゃんが沢山並んでいるのが見える。それを横目で見ながら色々なことを考えた。
一時間くらい経っただろうか、看護婦さんがきて、“お父さん、10.30分に元気な男の赤ちゃんが生まれましたよ”と教えてくれた。時計の針は、10.40分と回っていた。“オぎゃー”という声聞こえず、突然の報告に、“ありがとうございました!”の一言もいえず、ただ“はい”と答えるのがやっとだった。“後、15分もしたら、新生児室に赤ちゃんが来ますよ。お母さん(ウアン)は今傷を縫っています。”と言い残し看護婦さんは去っていった。あまりにも唐突で実感さえわかなかった。ちょっと拍子抜けした感じだ。暫くして、新生児室に赤ちゃんが入ってきた。幸一Jr.である。外の空気に慣らすため、産後数時間は、保育器に入れられる。ちっちゃかった。体重2950グラム。まだ、黒ずんだ顔を見て、はっとした!以前超音波検査で見た顔そのままだったからだ。さすがは4Dである。それから、どれくらいだろう。ただ、じーっと息子の顔を見ていた。父親になったんだぞ!と言い聞かせながら。。。
投稿日:2006-09-30 Sat
“こーちゃん、こーちゃん”の声で目が覚める。さっと飛び起き、本能的に聞き返した。“きたか!”来たらしい。(自分の動物的感もまだ衰えてないなっと少し有頂天になったが、実は、起こされるのは2回目だったらしい、一回目、トイレの中からウアンが叫んだときは、大音響のいびきで爆睡していたとのこと。おかげでウアンは、トイレから必死の思い出ナプキン取りに行ったらしい。あかんやん!)羊水が少し出てきたようだった。病院へ直行である。時計は午前2時を回っていた。予め用意しておいた、ウアンの荷物と子供の荷物を車に乗せ、病院へ急ぐ。途中、ウアンは、意識もはっきりし、痛み等もそんなになかったのが救いだった。僕は運転しながら、なんともいえない興奮した気持ちと空気の流れが分かるくらいの冷静な気持ちとが交錯していた。いよいよ、“こーちゃん”が“とーちゃん”になるんや!でも今は運転に集中だ。
病院へつくと、ウアンは車椅子に乗せられ別室へ。僕は部屋の予約や医者への委任状などの事務手続きを終えて、分娩室の前の部屋に向かう。看護婦さんの話では、至急が10センチの大きさになるまで分娩できないという。そして本格的な陣痛が始まり出産が終わるのは、今から約10時間はかかるのとのこと。ウアンと相談して、僕は一度帰ることにした。急いで出てきたので、色々片付け物とかも残っていたからだ。
投稿日:2006-09-29 Fri
本日は、今後こそは、産まれるまでに最後となるだろう外食に。ウアンがすしを食べたいというので、田舎風のすしが食べれる“富み善”に車を走らせた。お店の大将も気遣ってくれるくらい彼女のお腹はデカイ。今にも破裂しそうである。ウアンの好物である出し巻きを注文。(やはり、うちのおかんが作ったものには叶わなかったようだが。。。)まあまあ満足して、恐らく最後の外食を終えた。ウアンもかなり疲れた様子だったが、最近、ココナツ・ジュースを飲んでいないので、チェンマイで一番大きな果物市場、ムアン・マイ市場へ。3つで20バーツな〜り。他にもグァバなど沢山買い込んでGo home。ウアンが満足でよかった、よかった!
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